「日本外交が試された国連非難決議案」
『FACTA 阿部編集長ブログ』とのタイアップ対談
阿倍 テポドン2号を含む7発のミサイル発射で、小泉 ― ブッシュ「プレスリー同盟」の抑止力がまったく利かなかったことがあらわになりました。その点では、「日米同盟」対「金正日」の第一ラウンドは、北朝鮮に主導権を取られてしまったかにみえます。
手嶋 その通りだと思います。日本のメディアでは、テポドン 2 号の発射実験は失敗だったという見方も出ていますが、金正日政権は、テポドン2号の発射のボタンを押すことで、ブッシュ政権の関心を東アジアの地に引きつけた。このことでとりあえず、政治的な目的は達したと見るべきではないでしょうか。
阿倍 ブッシュ政権はイラクの内戦化で手こずり、イランの核開発問題もこじれているだけに、かねてから東アジアには気もそぞろでした。日本にも認識のギャップがあり、アメリカが常にアジアに目配りしているかのように思っていますが、実はそうではない。
手嶋 北朝鮮のミサイル発射にいたる振る舞いを、一般には「瀬戸際外交」として説明しているのですが、正しくは「弱者の恫喝」と呼ぶべきでしょう。恫喝なのですから、相手が関心を持ってくれなければ困る。北朝鮮は少なくとも、今は朝鮮半島にワシントンの関心をつなぎとめています。
阿倍 第 2 ラウンドは、ニューヨークの国連の場での攻防ということになりました。ここでも、影の主役は北朝鮮であり続けました。
手嶋 国連の安全保障理事会は、テポドン2号を含む7発のミサイル発射を受けて、北にどのようなメッセージを送るのか、国連安保が機能しているか否かが問われることとなりました。ここで全体の構図を簡単に整理しておきましょう。
最強硬派は日本。アメリカと連携しながら、経済制裁や武力制裁の根拠となる国連憲章第7章を盛り込んだ安保理決議の採択を目指しました。これに対して中国は、ミサイル発射を一応非難してみせたものの、一切の強制力を伴わない安保理の議長声明で乗り切ろうと多数派工作に乗り出しました。
国連憲章第7章 「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」
安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為の存在を決定し、勧告を行うとともに、非軍事的強制措置・軍事的強制措置をとるかを決定することができる(第39条)。
また、措置を決定する前に、事態の悪化を防ぐため、暫定措置に従うよう関係当事者に要請することができる(第40条)。
軍事的強制措置は、安全保障理事会と加盟国の間の特別協定に従って提供される兵力・援助・便益によって行われる(第43条)。
国連加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、加盟国は個別的・集団的自衛権を行使できる。加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない(第51条)
阿倍 常任理事国の中国は、拒否権を発動して日本案を葬ることが可能なはずでしたが、拒否権という切り札はできるだけ避けたいというのが中国外交の特徴ですよね。
手嶋 旧ソ連は冷戦時代に「ミスター・ニエット」のグロムイコ外相が拒否権を連発しましたが、冷戦が終わってからはアメリカがパレスチナ問題などで拒否権をしばしば発動しています。これに対して中国は、台湾問題が絡んだ決議案を除くと拒否権という伝家の宝刀をほとんど抜いていないのです。ですから、中国は意外なほど国連重視の外交をしてきたと言えます。今の中国の外交にとっては、日本の決議案を可決させることは敗北なのですが、単独で拒否権を発動させられることもまた第 2 の敗北と言っていいのです。
阿倍 「単独での拒否権発動」がキーワードですね。言葉を変えて言えば、ロシアとともにならば、この問題で拒否権を発動しても、中国外交が孤立したことにはなりません。したがって、日本政府としては、中ロの連携を断ち切ることができるかどうか、まさにこの点で外交力が問われていたわけですね。
手嶋 日本政府がG8サミットの議長国ロシアを棄権に回らせることができれば、中国はリング脇に追い詰められて、近年になく苦しい立場に立っていたはずです。ところが、国連憲章第7章を含む安保理決議案には、ロシアが中国に足並みをそろえて拒否権発動の構えを見せた。中ロにクサビを打ちきれなかったわけです。
阿倍 なぜクサビを打ち込めなかったのでしょう?
手嶋 外交官個人の力量ですべてを説明することは不正確な解説になりがちなのですが、今回はやはりニューヨークの国連代表部、大島首席大使を中心とする日本チームの弱体ぶりを指摘せざるをえません。大島チームは去年、日本の安保理常任理事国入りで20年に1度というほどの失敗を犯し、常任理事国のイスを取り損ねています。大局的な判断、そして水面下の周到な根回し、いずれをとってみても力不足でした。加えて、小泉官邸は、外交に経験のない 政治学者を国連次席大使に起用するなど、戦闘力はさらに落ちていました。勝負どころでの戦力の不足は否めませんでした。
阿倍 中国は当初の議長声明案を引っ込めて、第7章を含まない安保理決議案を提出するという微妙なクセ球を日米両国に投げ込んできました。同時にフランスやイギリスなど常任理事国、さらには非常任理事国への活発な説得工作を繰り広げて、日米の包囲網を敷こうとしました。なかなかしたたかな外交力と言わざるをえませんでした。
手嶋 さらに注目すべきは、水面下でアメリカにも猛烈なロビー工作を行い、日米の離間を図りました。現にアメリカのライス国務長官らは、この中国の妥協案に当初からかなり心を動かされていた節があります。当初、安倍官房長官らの強硬派は、第7章を落とすことに頑として応ぜず、アメリカのハドレー国家安全保障補佐官と電話会談まで行い同調を求めたのですが、ブッシュ政権は結局ついてきませんでした。
阿倍 「第 7 章の一線を譲らない」という一点で、日本外交がアメリカよりも一歩先に出る形になりました。是非はともかくとして、これはほとんど前例のないことで、国連の場で日本のプレゼンスを示したと言えるのではないでしょうか。日本がもしここで断固とした対応をとらなければ、中国は第7章なき決議案ですら提示してこなかった可能性があります。
手嶋 第7章を含む安保理決議案。第7章なき議長声明。中国が提案した第7章なき安保理決議案は、この中間にあたるくせ球でした。ですから、交渉事の常道から言えばほどよい落としどころと言えたのかもしれません。そして、中・ロをはじめ、アメリカ、イギリス、フランスなども、七章なき決議案でよしと判断し、大勢は決まりました。日本は、最終盤で第七章の一部だけを名目的に残して面子を保とうとしましたが及びませんでした。
阿倍 国力を超えた外交は無理ということなのでしょう。やはり、拒否権を持った常任理事国を目指すべきです。
手嶋 日本にとって今回の戦訓は、アメリカのブッシュ政権をがっちりと抱え込むことの大切さでした。日米同盟の基盤がどれほど固いのか、それを試されているわけでしから。結果から見ると、日米同盟に空洞化の兆しあり、といわざるを得ません。危機の本質は、まさにここにあるのです。
阿倍 決議をうけてもなお、北朝鮮は「ミサイル実験を続行する」と声明を発表しています。ミサイル実験を凍結させるという国際社会の意思に従おうとしていません。中国は特使までピョンヤンに送って説得を試みましたが、これまた不調に終わりました。
手嶋 その点では、中国外交もまた一敗地に塗れたというべきでしょうか。世界の大国が「弱者の恫喝」に抑止力を失いかけている構図はこれまた危機の深まりを示しています。ですから、日本の総裁候補たちは、北への危機管理を一枚看板にした内向の外交パーフォーマンスなど厳に慎むべきです。